この9月、台湾映画史上最大の製作費を投じて作られた映画『セデック・バレ(真の人)』(中国語タイトル:賽徳克・巴莱)が上映開始、話題を呼んでいる。構想12年、制作費約6億台湾元(約16億円)をかけたという若手映画監督、魏徳聖氏のこの映画にかける思い入れも半端なものではないのだが、ストーリーが日本統治時代の大規模な抗日武装蜂起を扱っていて、日本軍人のキャストがいたり、台湾人タレントとして多くの日本人にも知られるビビアン・スーが出演しているなど、日本人としては興味をひかれる部分が多いので、紹介しようと思う。
(*添付映像はすべて公式サイトより抜粋しました)
魏監督は2008年に公開されたコメディ風の恋愛ドラマ『海角七号』のヒットで一躍名を上げた(戦後の混乱時、日本人が台湾人に宛てた、届けられなかった恋文の行方、というテーマをあつかっており、日本と縁が深い作品が続く)。製作コストの工面がなかなかつかず、自分の家族の蓄えまでつぎ込んだ、というトピックは、後になって美話として語られた。今回の『セデック・バレ』は『海角七号』の成功もあって、製作費も集めやすくはなったものの、「海角七号」の数倍にもなる巨費がかかる、という壮大な作品を目指したため、前作同様にお金の工面には苦労を重ねたうえ、最終的には台湾政府系の文化部門からの応援を受け、約3年という歳月をかけてようやく完成となった。
台湾政府もこの映画にはお金を出したこともあって、今回は異例的に台北市内の総統府前の広場で試写会を催したり、ベネチア映画祭で上映されるなど、話題作りには事欠かなかった。魏監督も自ら上映館にかけつけ「黒字が出るまで応援して!」といった奮起ぶり。その結果、ローカルの観客動員数はいまのところ順調のようだ。
この映画、4時間以上の大作になってしまったため、上下2部に分けて上映する、というこれまた台湾映画ではまれな作戦に打って出た。 上編『太陽旗』では馴化政策を押しつける日本人への蜂起までのいきさつ、下編『彩紅橋』は日本軍が本格討伐に乗り出し、セデック族たちが悲劇的な最期をとげる、というストーリー展開となるが、監督の狙いは、日本と原住民族の戦闘を描くことでいたずらに「悪玉日本軍」「抗日戦士」をプロパガンダするのではなく、副題にある「真の人間」とは?という部分にスポットをあて、ヒューマンドラマに仕立てていること。支配され、日本人的に教化されていく先住民側は、民族の誇りを取り戻すべく闘うべきか否かの葛藤などを、事件を描くことで問題提起している。
70年以上も前、さらに台湾で起こったとはいっても漢民族とは縁遠い内容(日本統治の50年間、日本人は漢民族へも徹底的に馴化政策を推し進めていたので、関連性は高いが)だけに、監督の意図するテーマをどこまで解読できるか、というところは疑問が残る。上映の際、笑うポイントではないシリアスな虐殺の場面で爆笑が沸き起こるなど、深読みをせずにお気楽に観賞する観客も多かったようだ。
もうひとつの話題。『セデック・バレ』で美術を担当した種田陽平氏は、三谷幸喜映画の美術も担当する日本でも指折りの美術監督だ。魏監督のすごいところは、予算オーバーすることは確実なのに、映画界のトップランナーを招いてしまうこと。それだけ本物志向を貫きたかったという意気が伝わる。事件の舞台となった霧社(台湾中部の山間部、現在の南投県仁愛郷)の忠実なオープンセットは桃園國際空港からほどない新北市林口郷に作られた。3.5Hの土地に公学校、旅館、郵便局、武徳殿など36軒の木造家屋が造られたが、映画のさらなる話題を盛り上げるため、このセットが半年間(2012年2月ごろまで)観光用に公開されることになった。
「結局、儲かったのか、損したのか」と損得勘定ばかりが話題にされる華人社会にあって、映画の根本的なテーマはそこそこに、なにかとお金の問題ばかりまとわりつくことに魏監督は辟易としているらしいが、「台湾の良心」を率直に描くこの監督の士気を損ねないためにも、成功して次の作品のステップにしてもらいたい。
『セデック・バレ』公式サイト
http://www.seediqbalethemovie.com